練習や試合、つまり「オンザピッチ」での努力が選手のパフォーマンスを左右するのは誰もが知る事実です。しかし、優れた選手と「超一流」の選手を分けるものは、実は試合や練習以外の時間、「オフザピッチ」の過ごし方にこそあるのです。彼らはどのように心と身体を整え、人間性を磨き、次のパフォーマンスへと繋げているのでしょうか。
この記事では、スポーツ心理学者兼パフォーマンスコーチとして、様々なトップアスリートの習慣や科学的な研究結果から、あなたの競技人生を次のレベルへと引き上げる、意外でありながら極めて重要な5つのオフザピッチ習慣を紹介します。この記事を読み終える頃には、きっと自分のオフの時間の過ごし方を見直したくなるはずです。
睡眠を「トレーニング」と捉える
多くの選手が睡眠を単なる「休息」と考えていますが、超一流のアスリートはそれをパフォーマンス向上のための積極的な「トレーニング」の一環として捉えています。
近年の文献レビューによれば、プロアスリートにとって睡眠の重要性はほぼすべてのスポーツに浸透しています。睡眠の質が高い選手はトレーニングセッションを欠席する回数が少なく、怪我の予防やメンタルヘルスの維持にも大きく関わることが示されています。実際、ある研究では、プロラグビー選手がプレシーズンのトレーニング中に夜間睡眠時間が平均で73分も減少し、これが肉体的疲労の増加と関連していたことが報告されました。睡眠不足は、回復を妨げるだけでなく、パフォーマンスに直接的な悪影響を及ぼすのです。
Bリーグ川崎ブレイブサンダースの林翔太郎選手は、「睡眠時間はだいたい7時間くらいです。でも自分的には8時間がベスト」と語ります。このようにトップ選手は、自身のコンディションを最適化するために必要な睡眠時間を正確に把握し、それを確保しようと努めています。
なぜ、この意識が重要なのでしょうか。睡眠を「トレーニング」と位置づけることで、あなたはそれを精神的に「回復」の欄から「準備」の欄へと移すことになります。これにより、ドリルやウェイトトレーニングに取り組むのと同じ規律をもって睡眠を管理する力が生まれ、受動的な必要性を、能動的なパフォーマンス向上のためのツールへと変えることができるのです。安定したハイパフォーマンスの土台は、質の高い睡眠という「トレーニング」によって築かれます。
「書く」ことで思考を整理し、自分を客観視する
頭の中にある思考や感情、その日のコンディションを紙に書き出す。このシンプルな習慣が、アスリートのメンタルを安定させ、パフォーマンスを向上させる強力なツールとなります。
例えば、「朝日記」を毎朝5分から10分続けるという習慣は、頭の中にある思考を文字として外部に取り出すことで、脳内を整理し、「ひらめきが起こる」効果があるとされています。作家のダイアナ・ラーブは、この行為を次のように表現しています。
文章をつむぐこと、ページに文字を書くことは、コストのかからないセラピーである。
まさに、書く行為は日々のプレッシャーにさらされるアスリートにとって、手軽に実践できるメンタルケアなのです。この習慣は、脳の感情的・反応的な部分から、分析を司る前頭前皮質へと認知のシフトを促します。抽象的な感情を具体的な言葉に変換することで、真の自己評価に必要な心理的距離が生まれ、これこそが「インテリジェント・アスリート」の礎となるのです。
この「書く」習慣は、日本スポーツ振興センター(JSC)が提唱するインテリジェント・アスリートに求められる重要な能力、「自己調整力」を養うことにも直結します。自己調整力とは、自分自身の状況を客観視して課題を分析し、行動を改善し続ける力のことです。JSCのハンドブックでも紹介されている「練習日誌」は、日々の練習内容や心身の状態を記録・可視化することで、自身の状態を客観的に理解し、行動を調整するきっかけを与えてくれます。書くことを通じて自分と対話し、客観視する能力こそが、継続的な成長の鍵となります。
競技から完全に離れる「趣味」の時間を作る
「四六時中、競技のことだけを考えるべきだ」というのは、もはや古い考え方かもしれません。一見、競技とは無関係に見える「趣味」の時間こそが、アスリートのパフォーマンスを向上させる上で不可欠な要素であることが、研究によって明らかになっています。
ある研究によれば、趣味に熱中することは単なる気晴らしに留まらず、ストレスを大幅に軽減し、心の健康を保つ効果があります。これは、過度なトレーニングやプレッシャーによる「燃え尽き症候群」の予防にも役立ちます。
プロバスケットボールの林翔太郎選手は、オフの日にアニメ(『ハイキュー!』『ジャイアントキリング』)やゲームを楽しむことで気分転換やストレス発散を図っていると語ります。彼にとって、これらの時間はポジティブな刺激となっているようです。
なぜこれが重要なのでしょうか。絶え間ない集中はブレークスルーにはつながらず、認知的な硬直化を招きます。真の創造性やレジリエンスは、意図的に競技から離れる時間から生まれるのです。競技のことだけを考え続ける状態から意識的に離れ、脳を休ませ、まったく異なる刺激を与えることが、逆説的に競技への集中力や創造性を高めるのです。心に「余白」を作ることではじめて、新しい視点やエネルギーが生まれます。
積極的に「社会」と関わり、人間力を磨く
アスリートとしての成長は、競技場の中だけで完結するものではありません。競技の枠を超え、積極的に社会と関わることが、人間力を磨き、ひいては競技力を向上させるという考え方が注目されています。
「戦術的ピリオダイゼーション」の生みの親であるヴィトール・フラーデは、非常に示唆に富んだ言葉を残しています。
サッカーしか知らない者は,サッカーすらも知りえなくなる
この言葉は、専門分野だけに閉じこもることの危険性を示唆しています。城西大学サッカー部がオフザピッチ活動として行った「ブラインドサッカー」のイベントは、この考えを実践した好例です。学生たちはイベントの企画・運営を通じて、視覚障がいのあるプレイヤーの立場を想像し、どうすれば意図が伝わるかを考える中で、「他者への想像力」や「質の高いコミュニケーション能力」、そして「主体的な思考と行動力」を自然と身につけていきました。
これは、自分自身の経験の外側に立ち、他者の視点を理解する能力、すなわち「視点取得能力」を鍛える絶好の機会です。この能力は、チームワーク、戦略立案、そして共感といった、ピッチ上での認知パフォーマンスに不可欠なスキルです。驚くべきことに、このオフザピッチでの経験は、チームスポーツで求められる「集団性」や組織力を高め、最終的にリーグ戦の成績向上に繋がったと報告されています。社会との関わりを通じて得た人間的な成長が、直接的にチームの強さへと還元されたのです。
日常を律する「自己管理」の徹底
超一流と呼ばれるアスリートは、そのパフォーマンスを支える驚異的な自己管理能力を持っています。その一端は、彼らの何気ない日常の中に現れます。
メジャーリーガーの大谷翔平選手がオフシーズンに日本へ3カ月滞在した際、外食をしたのは「合計で4回」だけだったというエピソードは、彼の徹底した自己管理能力を象-徴しています。しかし重要なのは、その理由です。彼は「何をどこで食べるかというより、誰と食べに行くかによって決める感じだった」と語りました。これは単なるストイックな節制ではなく、最高のコンディション維持を最優先しながらも、友人との大切な時間を確保するという人間的な側面を併せ持っていることを示しています。
ここに、持続可能なエリートパフォーマンスの本質があります。自らのすべてを競技に捧げるアスリートは、燃え尽きのリスクが高まります。大谷選手のアプローチは、「競技者としてのアイデンティティ」と「個人としてのアイデンティティ」を見事に統合しているのです。彼の規律は競技者としてのアイデンティティを支え、友人と過ごす時間の選択は個人としてのアイデンティティを豊かにします。このバランスは妥協ではなく、持続可能な成功の基盤そのものなのです。彼らにとって「オフザピッチ」は決して「オフの時間」ではありません。これこそが、彼らが超一流たる所以です。
まとめ
私たちは、トップアスリートがいかに睡眠を積極的に「トレーニング」し、書くことを通じて客観性を獲得し、趣味によって戦略的に競技から離れ、社会との関わりを通じて視野を広げ、そして徹底した自己管理の上にその基盤を築いているかを見てきました。
これらの習慣に共通しているのは、競技から離れた時間こそが、アスリートとしての自分を形作る上で極めて重要であるという視点です。真の強さは、練習場や試合会場だけで作られるのではありません。日々の生活の中で何を考え、どう行動し、どう自分を律するか。その「オフザピッチ」での地道な積み重ねこそが、ライバルとの差を生み、キャリアをより豊かにするのです。
あなたのパフォーマンスを次のレベルに引き上げるために、今日からオフザピッチで始められる小さな習慣は何ですか?
以上です。
ご一読ありがとうございました。


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