ラグビーと聞けば、多くの人が激しいぶつかり合いをイメージするかもしれません。その中心にあるのが、攻防の要となる「タックル」です。コーチとして、そして選手の安全を第一に考える者として、私はタックルこそがラグビーの魂であり、その魅力が凝縮されたプレーだと確信しています。
この記事では、ラグビーを始めたばかりの方や、これから観戦を楽しみたいという初心者の方に向けて、タックルの基本から、選手の未来を守るために導入された新しいルールまで、私の指導経験を交えながら徹底的に解説します。これを読めば、ラグビーの試合をより深く、そして何より安全に楽しむための知識が身につくはずです。
まずは基本から!ラグビーのタックルとは?
タックルの目的
ラグビーにおけるタックルとは、「ボールを持って前に進む相手選手(ボールキャリア)を、防御側の選手(タックラー)が捕まえて地面に倒すプレー」のことです。
これは、相手チームの前進を止めるための最も基本的なディフェンス手段です。タックルが成功すれば、相手の攻撃の流れを断ち切ることができ、さらには倒れた選手が離したボールを奪い返すチャンスが生まれます。このように、タックルは失点を防ぐだけでなく、攻撃へと転じるきっかけを作る極めて重要なプレーなのです。
タックルで重要な心構え
安全で効果的なタックルは、正しい心構えから生まれます。コーチとして私がまず教えるのは、タックラーとボールキャリア双方の基本です。World Rugby(ラグビーの国際統括団体)も推奨する、最も重要なポイントを紹介します。
- タックラー(タックルする選手)
- トラッキング(追跡): タックルは接触の瞬間から始まるのではありません。まず相手との距離を詰め、安全かつ効果的なタックルができるポジションに入るための「トラッキング(追跡)」が不可欠です。これが全ての土台となります。
- 視線を上げて相手を見る: 恐怖心から頭を下げてしまうと、首などに重大な怪我をする危険性が高まります。常に見るべき相手(ターゲット)から目を離さず、正しい姿勢でコンタクトすることが鉄則です。
- 腕でしっかり巻きつける: 肩だけでぶつかるのではなく、両腕で相手の体をしっかりと抱え込む(巻きつける)ことがルールで定められています。これにより、相手を確実に倒し、かつ安全性を高めることができます。
- ボールキャリア(ボールを持つ選手)
- お尻、そして肩から倒れる: タックルを受けた際、手をついて倒れると腕を骨折する危険があります。衝撃を和らげるため、まずはお尻から、次に肩から地面に着くように倒れることが大切です。
- ボールを離す: 地面に倒された選手は、ボールを離さなければなりません。これはルールであり、ボールを素早く味方がプレーしやすい位置に置くことで、次の攻撃へと繋げることができます。
タックルの基本が分かったところで、次は試合でよく見られる代表的なタックルの種類を見ていきましょう。
これだけは知っておきたい!代表的なタックルの種類
試合の中では、状況に応じてさまざまなタックルが使われます。ここでは、特に頻繁に見られる基本的な3つのタックルを紹介します。
- フロントタックル(正面からのタックル)
- 相手に真正面から入る、最も基本となるタックルです。相手の前進を真正面から受け止めるため、パワーと勇気が求められます。安全に行うには、頭を相手の体の左右どちらかにずらす「ヘッドプレイスメント」が極めて重要になります。
- サイドタックル(横からのタックル)
- 相手を横方向から倒すタックルで、試合中、最も多く見られるプレーです。相手をタッチライン際に追い詰めた時など、横からアプローチする状況で多用されます。これもまた、正しい頭の位置と肩からのコンタクトが安全の鍵です。
- スマザータックル(上半身へのタックル)
- 相手の上半身に抱きつき、ボールごと腕の動きを封じ込めることを目的としたタックルです。相手にパスを出させず、攻撃の選択肢を奪います。ただし、上半身を狙うため、新ルールで定められた高さを超えないよう細心の注意が必要です。
これらのタックルはすべて、ある重要なルールの上で成り立っています。特に最近、選手の安全を守るために導入された新しいルールについて詳しく見ていきましょう。
なぜ変わった?タックルの高さに関する新しいルール
2023年、World Rugbyからの推奨を受け、日本でも「タックルの高さに関する試験的ガイドライン」が導入されました。これは、ラグビーというスポーツの未来を守るための、非常に重要なルール変更です。
新ルールの核心:「胸骨より下」へのタックル
新しいルールのポイントは以下の3つです。これを守らないと「ハイタックル」という反則になります。
- タックルは胸骨(胸の真ん中にある硬い骨)より下で行わなければなりません。
- たとえ最初に低く接触しても、その後に腕などがずり上がって胸骨より上に接触した場合も、反則と判断される可能性があります。
- 複数人でタックルに入る場合、2人目以降の選手(セカンドタックラーなど)も、1人目と同じく胸骨より下にタックルする必要があります。
実際の試合ではどう判断される?
このルールは厳格ですが、実際のプレーには様々な状況があります。レフリーは以下のような点を考慮して判断します。
- 「インパクト(衝撃)」の有無: ヘッドコンタクトを誘発するような強い「インパクト」が胸骨より上にあった場合に反則となる可能性が高まります。ただ触れたり、引き倒したりする行為は反則と見なされない場合があります。
- ボールキャリアの動き: タックル直前にボールキャリアが急に姿勢を低くした場合などは、タックラーに非がないとして反則にならない可能性もあります。
- セカンドタックラーへの厳しい目: 試合では、1人目が低く入った後、2人目のタックラーが高い位置に入ってしまい反則となるケースが多く見られます。
ルール変更の目的:選手の「頭」を守るために
このルールが導入された最大の目的、それは「プレイヤーの安全を守り、特に脳振盪(のうしんとう)などの頭部への衝撃を減らすこと」です。選手の頭部を守ること。これは、私たち指導者にとって絶対に譲れない一線です。以下のデータが、なぜタックルの高さを下げる必要があるのかを明確に示しています。
- タックルが原因で起こる脳振盪のうち、約70%はタックラー(タックルした側)に発生しています。
- タックラーの頭が相手の胸骨より上にある場合、脳振盪が起こるリスクは通常のタックルに比べて4.2倍に跳ね上がります。
- このルールを試験的に導入したフランスでは、頭部同士の衝突が64%、実際の脳振盪の発生が23%減少したという結果が出ています。
これらのデータは、タックルを低くすることが、相手だけでなくタックラー自身の頭を守るために極めて効果的であることを証明しています。
対象となるカテゴリー
この新しいタックルルールは、日本のラグビー界において、プロリーグである「リーグワンを除く、小学生から社会人までのすべてのカテゴリー」で適用されています。
若年層への指導における注意点
コーチとして、特に小中学生を指導する際には、この新ルールを正しく伝える責任があります。重要なのは、「ハイタックルを減らす」ことであり、「過度に低いタックルを強制する」ことではありません。
低く入ることを意識しすぎるあまり、頭から飛び込むような危険なタックルになるケースが見られます。これは頸髄損傷や肩の脱臼といった重大な怪我に繋がるリスクがあります。また、タックル練習ばかりに時間を割くのではなく、パスやランといった他のスキルもバランス良く指導し、選手の将来を見据えた育成を心がけるべきです。
このようにタックルの高さは厳しくなりましたが、ラグビーには他にも選手の安全を脅かす危険なタックルが存在します。
これらは反則!危険なタックルの種類
選手の安全を確保するため、ルールで明確に禁止されている危険なタックルがあります。代表的なものを3つ、表にまとめました。
| 反則名 | どのようなプレーか | なぜ危険なのか |
| ハイタックル | 従来は肩のラインより上へのタックルを指しましたが、新しいルールでは胸骨より上への危険な接触も含まれるようになりました。 | 脳振盪や頸髄損傷など、命に関わる重大な怪我を引き起こす可能性があるため。 |
| ノーボールタックル | ボールを持っていない選手へのタックル。 | 不意打ちの接触となり、選手が無防備な状態で危険な衝撃を受けるため。 |
| アーリータックル | 選手がボールを受け取る「前」にするタックル。 | ボールキャッチに集中している無防備な選手、特に空中にいる選手に接触すると非常に危険なため。 |
まとめ
この記事では、ラグビーのタックルについて、その基本から選手の安全を守るための最新ルールまで解説してきました。
タックルは、勇気とスキルがぶつかり合う、ラグビーの魅力を象徴するプレーです。その激しさの中に、選手の安全を守るための「胸骨より下」という明確なルールが存在します。このルールを正しく理解し、実践することが、ラグビーというスポーツを未来に繋げていくために不可欠です。
安全なラグビーは、誰か一人が作るものではありません。プレーヤー、コーチ、レフリー、そして観戦するファン一人ひとりが安全への高い意識を共有し、協力することで初めて実現します。これからもフェアプレーの精神を尊重し、安全でエキサイティングなラグビーを共に楽しんでいきましょう。
以上です。
ご一読ありがとうございました。
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